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抜粋リーディング

ふとリーディングについて考えたので。
戯曲まるまる1本、だと、役の制約があると思う。
それが自分に合わずとも、その役が決定する人物像がある。
だから、その中でどうするか、ということになる。
でも抜粋だと、その役の求めるものが
果たしてどんなものなのかがわからないことが多い。
それはそういうもの。
その区切られたテクスト内でどれだけ面白くできるか。
戯曲全体を通したらまるで違う、という風になるかもしれない。
でもそれはそれで、そのシーンが面白ければいいんじゃないか。
そのシーンの中でそのキャラクターが生きれば。
大切なのはメンバーとの意識共有かな。
誰、が読むのかということが、
抜粋リーディングでは大きな意味を持つ。
男か、女か、いくつくらいか、優しそうか、落ち着いているか、などなど。
演技力とかそういうの抜きに、「自分」を試されている気がする。
抜粋は単純に縮小版じゃないので、やっていてとても勉強になります。

実家

嶋生です。
実家にちょっとだけ帰ってきてます。
久しぶりに親とちゃんと話すと面白いものです。
着実に時間は流れているんだなぁと思います。
浦島太郎。
近場の日常も、少しずつ少しずつ、
見えない速度で色んなものが変わっているのです。
気づいたら変わっていた、の面白さも素敵。
だけど変化を捉えながらいなければならないものも。
きちんと目をこらしていなくては。
変えていく意識も、持って。

公演終了

ご来場、お力添え、本当にありがとうございました。
一つ終わると息切れしそうになりますが
先へ、つなげることが大事なのだと思います。
舞台は一瞬。
その時だけのもので、
そこにかけるエネルギーはそこで燃え尽きるように。
けれど劇団は一つの公演のためだけにあるのではありません。
公演前は、とにかくその舞台にのみ力を注ぐのだけれど。
ということで会議+会議。
これからもどんどんです。

いい作品

いい作品の条件、とは何だろう。
そもそも、いい作品、とは何だろう。
単純にお客さんが多かったり、
あっと驚く仕掛けがあったり、
役者がものすごい存在感を突きつけていたり、
たくさんのいろんな”良さ”があるだろうけど。
「チョーク」が、
そんなことを考えるきっかけになれば
なんて思ったりもします。
個人的には、
論理的にではなく
感覚的にぐっとくる一瞬があること。
うまく言えないけどぐっとくるあの感じ。
それは懐かしさかもしれないし、
悲しさや切なさと言うのかもしれない。
そういうものを生み出したいなぁ。
と思います。
あくまで個人的には、です。
時間を拘束する以上、
ある一定以上の完成度や密度は必要だと思いますがね。
最低限。
いい作品であるかどうかとは関係なく。
制作的に?というのでしょうか。
なかなか難しいです。

作品の柱、公演の柱

制作
公演の柱であるはずですが、
いかんせん弱気な気がします。
どの立場よりも客観性を。
そしてきちんとそれを伝えていかなければ。
変なところで遠慮してしまいますが
そんなのはただの甘えですね。
こんなところで反省してすみません!
「チョーク」
本公演まであと2週間。
とにかくがんばりますので、
是非ご来場ください。